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大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)6412号 判決 1966年12月20日

原告 谷有信

<ほか四名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 樫本信雄

同 浜本恒哉

被告 村野冬子

右訴訟代理人弁護士 田万清臣

同 小林勤武

同 大錦義昭

右田万訴訟復代理人弁護士 鈴木俊男

同 片山善夫

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  原告ら訴訟代理人らは、「被告は、原告らに対し別紙目録記載の家屋を明け渡し、かつ、昭和三五年三月一日から右明渡ずみまで、原告谷有信および谷ゆきに対し一か月一、二五〇円の各三分の一、その余の被告らに対し一か月一、二五〇円の各九分の一の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求原因としてつぎのとおり述べた。

一、別紙目録記載の家屋(以下、本件家屋という)は、原告らの共有(持分は、原告谷有信および谷ゆきが各三分の一、その余の原告らが各九分の一)に属するものである。

二、ところで、本件家屋はその前所有者の訴外亡谷直治郎(昭和三五年一二月四日死亡)が、昭和一二年四月一九日ごろから訴外大原(旧姓村野)作吾に対し、期限の定めなく賃貸(最終の賃料額は一か月一、二五〇円)してきたのである。

三、大原と被告とはもと夫婦であったが、昭和三二年一二月四日協議離婚し、そのころ大原は本件家屋から奈良市○○町○○○番地に転居(同所に新戸籍を編製)し、じ来本件家屋は被告のみが占有している。

ちなみに、原告らは昭和三五年三月にいたり始めて右事実を知ったため、同年二月までは、被告を大原の代理人と信じて被告から右賃料額の支払を受けていたが、同年三月以降は、もちろんこれを拒絶している。

四、よって、原告らは被告に対し、本件家屋を明け渡し、かつ、昭和三五年三月一日から右明渡ずみまで請求の趣旨記載の各割合による賃料相当の損害金の支払を求める。

第二  被告訴訟代理人らは、主文同旨の判決を求め、答弁および抗弁としてつぎのとおり述べた。

(答弁)

請求原因一ないし三の事実は認める。

(抗弁)

一、被告は本件家屋の賃借人である。すなわち、本件家屋は亡谷直治郎から原告主張の日時に、大原と被告が共同して賃借したものなのである。

二、かりにそうでないとしても、原告主張の賃貸借は現在も存続しており、被告は右賃借権にもとづき占有をしているにすぎない。

居住家屋の賃貸借契約は、ふつう世帯主の名でてい結されるけれども、それは当然に同居家族の集団占有を予想しているものであるから、夫の名でそれがてい結されたばあい、その後離婚等により夫が事実上賃借家屋を占有しなくなったとしても、これを目して直ちに賃借人の不存在ないし妻による賃借権の承継と考えるべきではない。これは現象形態として従来潜在的であった妻の占有が顕在化したにすぎず、なんら賃貸借契約に影響をおよぼすものではないのである。

三、かりに右主張も理由がないとしても、上述のような事実関係のもとにおいて、原告が被告に対し本訴請求をするのは権利の濫用として許されないというべきである。

第三  原告ら訴訟代理人らは、被告主張の抗弁事実はいずれも争うと述べた。

第四  証拠関係≪省略≫

理由

一、請求原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二、そこでつぎに、被告の抗弁について判断する。

被告は、本件家屋の賃借人であると抗弁し、その理由として、本件家屋は大原と被告が共同賃借したものである旨主張するが、右共同賃借の事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

しかし、≪証拠省略≫を合わせると、大原と被告とは協議離婚のさい、「大原は被告に対し、本件家屋で経営しているカメラ店の営業権および営業設備その他すべての財産権を譲渡すること、被告は大原に対し、五〇万円および当分の間、毎月二万円ずつ支払うこと。」と定めたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によると、大原は協議離婚のさい、被告に対して本件家屋の賃借権を譲渡したものとみるべきである。ところで、ほんらい被告は、大原の妻として大原の右賃借権にもとづき本件家屋に終生居住することができるはずの者、すなわち賃貸人たる原告らとしてはその居住(それが法律的には夫たる大原の賃借権にもとづく従属的なものであるにせよ)を承認せざるをえない者なのであるから、このような立場にある被告への各賃借権の譲渡は、原則として賃貸人たる原告らに対する背信性を欠き、その承諾を要せずして有効だと解するのが相当である(それは、いわば賃借権の生前相続とも考えることができ、賃借権の相続とほぼ同一視しうる面があるといえよう。なお、大阪高裁昭和二七年七月一四日判決、下民集三巻七号六一ページ参照)。

そして、右賃借権の譲渡が例外的に背信性を有することは、原告らのなんら主張立証しないところである。

そうだとすると、被告は右賃借権譲渡により本件家屋について賃借権を有するわけであるから、原告の請求はその余の判断におよぶまでもなく失当だといわなければならない(なお被告は、右賃借権の譲渡を主張していないが、原告主張の事実に徴すると、原告によって右賃借権譲渡の事実関係が主張されているものと認められる。)。

よって、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担について民訴法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 萩原金美)

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